クロガネ・ジェネシス

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第一章 激闘湿地地帯

 

決戦! VSヘビー・ボア!



 次の日。

 1回目のヘビー・ボア討伐作戦から2日が経った。

 今日は2回目の討伐作戦だ。

 零児達5人はもちろん、前回戦ったアスクレーターの面々やジルコン・ナイト達もみな湿地地帯にいる。

 天候は晴れ。狩りには丁度いい天気だ。

 アルゴース王の相変わらずはた迷惑な挨拶が終わると同時に、今回の作戦の説明がなされた。

 最初にヘビー・ボアを出現させるまでは前回と同じ、それ以降は各人の判断で戦えというものだ。

 正直作戦と呼べるのかどうかさえ微妙だが、制限されずに力を振るえるということで特に反対する者はいなかった。

 そしてメテオ・ロンドという攻撃魔術装置についての説明がなされた、攻撃開始前に1回空砲をならし攻撃の合図を送り、2回目で投石による攻撃でヘビー・ボアを攻撃するというものだ。

 その際投石する石は人間が投げれるような小さなものではない。

 人間とほぼ同じくらいの大きさの丸い石だ。重さも大きさもヘビー・ボアにダメージを与えるには十分すぎる大きさだった。

 メテオ・ロンドによる攻撃と各人による戦闘でどれだけダメージを与えられるかが今回の作戦の鍵を握る。

「さて、それじゃあ張り切っていくかね!」

 湿地地帯に足を踏み入れた零児が言う。

 他女性人4名も一緒だ。今回は遠距離攻撃、近距離攻撃と言う概念が存在しないから5人全員でヘビー・ボアを叩くわけだ。

「張り切りすぎて失敗するんじゃないわよ?」

「お前こそ。蛇に睨まれんなよ」

 零児とアーネスカの皮肉を交えた会話。そして今零児が言った言葉の本当の意味を知っているものはアーネスカとネレスだけだ。

「大丈夫よ。今回はあんな醜態晒さないわ」

「だといいがな」

「レイちゃん……」

「ん?」

 火乃木が不安げな表情で零児を見る」

「顔……大丈夫?」

「ん? ああ」

 流石に昨日の今日で腫れた顔が完全に治るわけがなく、零児の顔には大きなガーゼが張られていた。

「平気だって。そんなことより、お前こそ頑張れよ? 格好だけ可愛くなって足手まといってのは勘弁だからな」

 火乃木に心配させないようにと、零児は明るく言う。それが功を奏したのか、火乃木はすぐにいつもの調子で言い返した。

「う〜そんなことないよ! ちゃんと頑張るよ!」

「その粋だ!」

 零児は火乃木の肩をポンと叩く。その時火乃木は見慣れないものを見たような気がした。

「レイちゃん、その右手の手袋はどうしたの?」

 そう、今日零児はなぜか左手に黒い手袋をはめている。皮製で指の第2関節より先が出ているタイプだ。

「ああ、これか。新しい魔術の試作だよ。前々からイメージだけあった奴を今回作ってみたのさ」

「どんなの?」

 興味津々に火乃木が聞いてくる。零児はそれを軽く説明しようとしたそのとき。

『これよりヘビー・ボア討伐。2回目の作戦を開始します』

 クレセリス王女の声が響く。

「悪い火乃木。また機会があったら説明する」

「そうだね」

 クレセリス王女の作戦開始の合図の瞬間、魔術師部隊による氷系の攻撃魔術がいたるところで展開され始めた。

 湿地地帯のいたるところがどんどん凍っていく。集まっている人間の数も数だからそのスピードもかなり凄まじい。

 そして作戦開始から十数分経過したところで異変は起きた。

 湿地地帯の水が震えている。いや、波打っているといったほうが正しい。

「地震か!?」

「ただの地震じゃなさそうよ」

 そう、地面が揺れているのだ。まるで神の怒りの如く。

 巻き上がる大量の水しぶき、轟く怒号。その巨体を地滑らせ、地面からヘビー・ボアがその姿を現した。

 しかも偶然か否か、零児達のいるところにかなり近い。

 その途端。湿地地帯一面にもう1つ重い怒号が響いた。

 メテオ・ロンドの空砲だ。

「さて、メテオ・ロンドとやらの力見せてもらおうか」

 一発目の空砲は接近戦を挑んでいるアスクレーターをヘビー・ボアから離れさせるための空砲だ。しかし、出現したばかりのヘビーボアの周辺には人はいない。即ち今は攻撃のチャンスだ。

『メテオ・ロンド! 発射ぁあああああああああああああ!!』

 ジルコン・ナイトの声が響く。その直後、巨大な石の塊がヘビー・ボア目掛けて飛んでいった。その石はヘビー・ボアの胴に直撃し、悲鳴を上げさせた。

『シャアアアアアアアアアアアアアアア!!』

 胴を押しつぶすほどではなかったにしろ、ヘビー・ボアに十分なダメージを与えることは出来たようだ。

 事実、ヘビー・ボアはその巨体でのた打ち回り、辺りに水しぶきを撒き散らしている。

「これはいけるかもな!」

「そうね中々ダメージはいってるみたいだし、あの支援攻撃とあたし達の力が合わされば十分倒せるはずよ! みんな戦う準備はいい!?」

「オッケーだよ!」

「……(コクン)」

「大丈夫! 昨日で新しい魔術覚えたもんね!」

 全員戦う準備は大丈夫のようだ。だが、その中にあって零児は無言だった。

「どうしたのよ零児?」

「お前蛇大丈夫になったのか?」

 零児は前回アーネスカの蛇を異常なほど嫌悪していたのを思い出していた。流石にあそこまで苦手なら一日二日で直せるとは思えないが。

「あることをしたから今は平気よ! で、あんたは戦う準備OKなの?」

「OKに決まってる!」

「じゃ、行くわよ!」

『オウ!』

 零児達はヘビー・ボアに向かって戦いを挑んでいく。もちろん他の人間も同様だ。既に攻撃は始まっていた。

 ある者は直接近接戦闘で、またある者は魔術による攻撃で確実にヘビー・ボアにダメージを与えていく。

「行くぜ!」

 零児はマジック・ダスト・ブレードを引き抜きつつ、ヘビー・ボアに接近していく。ヘビー・ボアの真横を走り、すれ違いざまに切りつける。

「うおりゃあ!」

 刃は前回同様、確実にヘビー・ボアの体を傷つける。深々と刃が刺さり、さらにマジック・ダスト・ブレードに込めた魔力により電撃が発生している。爬虫類であるヘビー・ボアに対しては有効だろうという考えから雷属性のスピネルをマジック・ダスト・ブレードにつけておいたのだ。

 ヘビー・ボアは首を左右に振っている自らの顔周辺に当たる攻撃魔術が鬱陶しいのだろう。

 一方アーネスカ達も各々の攻撃方法でヘビー・ボアに攻撃を繰り出していた。

 アーネスカは銃弾に宝石と魔力を込めた魔力弾、火乃木は杖による魔術、ネレスは拳により直接殴りつけている。

 その中で一際変わった攻撃方法をしていたのはシャロンだった。

 シャロンは右手をヘビー・ボアに突き出して細い光の錐を発生させそれを飛ばし、大量にヘビー・ボアの胴体に突き刺しているのだ。

 しかし、ヘビー・ボアとてただ黙って攻撃を受けているわけではない。

 ヘビー・ボアは1回目の作戦で見せたもう一つの口を出現させた。

 それは数百メートルと言う距離がありながら人間を圧殺するだけの力を持った液体攻撃だ。

「させない!」

 アーネスカが回転式拳銃《リボルバー》に弾を込め、ヘビー・ボアの第二の口目掛けて発射した。

 それが着弾した直後、ヘビー・ボアの第二の口の中で爆発が起こった。どんなに小さな爆発でも、口の中で起こされればたまったものではない。それは爬虫類だろうと人間だろうと同じである。

 ヘビー・ボアはその爆発に驚いて第二の口を閉じた。同時に頭を左右に振る。

『シャアアアアアアアアアアアアア!!』

 ヘビー・ボアはアーネスカにその矛先を向けたようだ。明らかにアーネスカを睨みつけている。

「敵はアーネスカだけじゃないんだよ!」

「その通りだ!」

 ネレスと零児がヘビー・ボアを挟み撃ちにする。零児はマジック・ダスト・ブレードを鞘に収めて右手を突き出している。ネレスは右の拳に魔力を込めている。

「サイクロンマグナム!!」

「剣の弾倉《ソード・シリンダー》!!」

 2人の攻撃によってヘビー・ボアからこれ以上ないくらいの大量の血しぶきが噴き出した。

 零児の剣の弾倉《ソード・シリンダー》によって大量の剣が突き刺さる。さらに。

「散!!」

 零児の叫びと供に、突き刺さっていた剣が大爆発を起こし辺りに血の雨を降らせる。

 ネレスのサイクロンマグナムもまたヘビー・ボアにダメージを与えていた。一点集中型の鉄鋼弾のごとき拳は深々とヘビー・ボアの胴を抉った。

 どちらの攻撃もヘビー・ボアへのダメージは決して低いものではない。

『ギャアアアアアアアアアアアア!!』

 悲鳴を上げつつ、ヘビー・ボアは自らの体を一気に前に倒す。そして自身の体を左から右へと大きく動かしていく。

 そしてその巨体が振るわれた先にはアーネスカ達4人がいた。

「シャロン! 壁を作れ! 少しでもダメージを抑えるんだぁ!」

「……(コクン)!」

 シャロンによって光の壁が作られる。同時にヘビー・ボアの巨体が光の壁に凄まじい速さで迫っていた。

「……!!」

 そして、ヘビー・ボアの巨体によって光の壁ごとシャロンは吹っ飛ばされた。そのすぐ傍にいた火乃木、アーネスカ、そして挟み撃ちをするためにヘビー・ボアの右側にいたネレスも吹っ飛ばされる。

『うわああああ!!』

 ヘビー・ボアの攻撃はそれだけではなかった。シャロン達を吹き飛ばした方向と今度は反対方向に体を動かし、零児や他の人間もまとめて吹っ飛ばそうと体を動かしてきたのだ。

「ちいい! こっちくんなよ!」

 零児は無限投影による魔術で盾を出現させ衝撃に備える。

 ヘビー・ボアの巨体が一気に零児に迫る。

 そして直撃。

「ぐううううう!!」

 もちろん立っていられる訳がなく零児も大きく吹っ飛ばされる。

 ある程度宙を舞い、湿地地帯に背中から落ちる。

「うっ……いてぇ……」

 湿地地帯に背中から落ちたが、幸い湿地地帯はやわらかかったためそれほどダメージはなかった。

「流石に1発2発程度、剣の弾層《ソード・シリンダー》撃っただけじゃ倒れないか……」

 とその時。再びメテオ・ロンド発射の合図の空砲が鳴った。

 ――丁度よく距離が取れたか……。

 零児がそんなことを思ったその時だった。

「情けねぇ姿だな……」

 突如そんな声が背後から聞こえた。

「あぁ?」

 零児は声の主を睨みつけた。睨みつけたのは見知った人物だったからだ。リーオである。

「寝てる暇があったら攻撃したらどうなんだ?」

「てめぇにだきゃ言われたくねぇ!」

「ふん! 俺は戦うぜ!」

 言ってリーオはヘビー・ボアへと単身向かっていった。

「おい待て! 今空砲がなっただろ!」

「知るかよ! 俺は俺のやりたいようにやる! 俺は誰の指図もうけねぇ!」

「この度阿呆が!」

 零児はリーオの後を追って走り出す。万が一メテオ・ロンドの攻撃がリーオに当たったら即死だ。それだけは免れなければならない。

「戻れリーオ! 万が一メテオ・ロンドの攻撃が当たったら、てめぇ死ぬぞ!」

「うるせぇ! 奴の討伐に貢献した奴はジルコン・ナイトに迎え入れられるかもしれないんだ! 俺の邪魔をするんじゃねぇ!」

「邪魔はお前なんだよ!」

 2人はお互いに罵りあいながらヘビー・ボアに近づいていく。

 その最中2発目のメテオ・ロンドが発射された。

 ヘビー・ボアが眼前に迫ってきたところでリーオは魔術を発動した。

「トルネード・ダガー!」

 リーオが自らの持つ2本のダガーナイフを地面めがけて振り、同時に魔術の名を叫ぶ。

 その瞬間地面から竜巻が発生し、その竜巻がヘビー・ボアに向かっていく。

 そしてヘビー・ボアが竜巻に巻き込まれ、大きく吹っ飛ばされ……るということはなかった。

 ヘビー・ボアは竜巻をものともせずにその巨体を地滑らせ、自らを討伐せんとする人間達に襲い掛かろうとしている。しているというのは、今はメテオ・ロンドの攻撃に巻き込まれないために多くの人間がヘビー・ボアから離れているからだ。

「なんでだ!?」

 リーオの計算では竜巻に巻き込まれヘビー・ボアを吹っ飛ばす予定だったのだろう。しかし、人間が使える魔術ではヘビー・ボアほどの巨体を浮き上がらせることすら出来ないだろう。

 むしろそれが普通である。

 そしてその直後、メテオ・ロンドにより飛んできた丸い石がヘビー・ボアに直撃した。

『ギャアアアシャアアアアアアアアアアアアア!!』

 石に胴の一部が押しつぶされていく。痛みに耐えられなかったのかヘビー・ボアはその場で再びのた打ち回り、傷口から大量の血と湿地地帯の水を撒き散らす。

 そして、偶然か否か、その尻尾がリーオめがけて振るわれた。

「ウ、ウワアアアアアアアア!!」

「させるかよぉ!」

 零児はリーオの真横に並び、で回し蹴りをリーオに放つ。だがそれは攻撃のためではなかった。

「グフェッ!?」

 奇妙な声を上げるリーオをお構い無しで蹴り飛ばすことでリーオを尻尾の攻撃圏内からはずそうとしたのだ。零児が蹴り飛ばしていなければリーオは間違いなくヘビー・ボアの尻尾の攻撃でその場から吹っ飛ばされていたことだろう。

「この馬鹿が!」

「ゲッホゲホッ! てめぇよくも!」

「それはこっちの台詞だ! 余計な体力使わせやがって! 邪魔ばっかするんなら豚の餌に戻りやがれ!」

「てめぇ俺を豚の餌呼ばわりすんのか!?」

「ハッ! あの巨体にただ風や竜巻を発生させるだけの魔術が通用するわけねぇだろ! そんな事もわからねぇようじゃてめぇは三流の魔術師だ! 魔術師が云々って以前のレベルだよ!」

 零児とリーオが不毛な言い争いをしているそのときだった。

「お主らいい加減にせい!」

 どこからともなく低く、ドスの効いた一喝が零児とリーオの耳を貫いた。

「その声、進さんか!?」

 零児は声でその主を判別し、辺りを見渡す。その直後、ヘビー・ボアの影から零児が進さんと呼ぶ進影拾朗《しんえいじゅうろう》が現れた。

 進は現れてすぐさま2人を一喝した。

「今は喧嘩している時ではなかろう! 我々が力を合わせなければあの怪物を屠《ほふ》る事など出来ぬぞ!」

『なんでこんな奴と!!』

 見事に零児とリーオの声が重なる。変なところで息ぴったりだったことが癪にさわりさらにお互いがお互いを嫌悪する。

「ならば協力せよとは言わぬ、せめて彼奴《きゃつ》を倒すために喧嘩だけはするな!」

 その言葉を聞いて零児は答えた。

「進さんになら強力するさ!」

 だがリーオはそうは言わなかった。

「ケッ! 勝手にやってろ!」

 リーオはリーオでまた勝手にやるようだ。今度リーオが命の危機にさらされるようなことがあっても零児は助けることはないだろう。あの時はたまたま傍にいたから見過ごせなかっただけだ。自分の知らないどこかでどうなろうと知ったこっちゃない。少なくともリーオに限っていえば。

 ――そういやうちの女性人4人は無事なんだろうか? まあ、アーネスカやネルがいれば大丈夫だとは思うが。

「行くぞ零児!」

「おう!」

 2人は足並みそろえてヘビー・ボアへ向かっていく。ヘビー・ボアは既に相当弱ってきている。もう一押しの攻撃で倒せるはずだ。

 進は自らの背中にY字型の武器を取り出した。その武器はY字の先端がそれぞれ忍者の武器であるクナイの形をしている。

 進が愛用している巨大なY字型の手裏剣だった。

「ムンッ!」

 進はそれを思い切りヘビー・ボアめがけて投げつける。

 Y字型手裏剣は見事にヘビー・ボアの胴に命中し深々と胴を切り裂き、同時に突き刺さる。

「俺も行くぜ! 義手が手に入った時のためにイメージしてた魔術の試作品を見せてやるぜ!」

「見せてみろ!」

「おう!」

 ヘビー・ボアに向かって零児は右手を突き出し、装着している皮手袋に魔力を込める。

「玉石!」

 その一言で零児の右手の平に赤い球体が形成される。

「光弾!」

 次に、球体の中に『光』と言う文字が浮かび上がり、同時に球体がオレンジ色に光輝く。

「赤星《あかほし》!」

 3つ目の言葉でその球体は発射された。赤く輝く光の球。ヘビー・ボアの胴に命中。同時に球体が弾けとび、ヘビー・ボアの体表を焼く。

「ほう?」

「よし、悪くない出来かな?」

「そうか? あの程度ではボム・ブラストの威力を少々上げた程度でしかないと思うが……」

「いんやそうでもないさ。この魔術、名づけて『光弾 赤星』は、着弾と同時に爆発を引き起こすわけじゃない。着弾した表面を強力な火炎を発生させ対象物を焼くんだ。しかも今まで俺が使ってた剣の弾倉《ソード・シリンダー》に比べて低燃費で使える上に、連射も効く。中々使い勝手がいいぜこれは」 「なるほどな……ん? 零児。あれはお主の仲間達ではないのか?」

 言われて零児は目を凝らす。ヘビー・ボアがいる位置よりも先のほう。そこにはヘビー・ボアへの攻撃を続行している仲間達の姿があった。

「よし! 合流してくる。進さんは独自に戦うんだろ?」

「その通りだ。零児、仲間の下へ行ってやれ」

「ああ」

 零児と進は再び別れる。進も零児も協力するとは言っているが、どちらも実際には仲間としてパーティーを組んで戦うタイプではない。

 特に進は単独行動を元より好む性質だ。魔術にもそういった類のものが多いため協力し合うにしてもお互いに邪魔になる可能性がある。

 2人ともその辺りを理解している。だからこそこの場で別れるという選択肢はある意味では正しい。

 零児は急いで仲間達の下へと駆け寄っていく。

「アーネスカ! みんな!」

「零児! 無事だったのね!」

「そっちこそ全員無事みたいだな」

 アーネスカ達はそれほど大きなダメージを負った者はいないようだった。

 零児の方も特に大きなダメージがあるというわけではない。

「さて……」

 全員それを確認したところで、零児達はヘビー・ボアへと視線を向けた。

 以前ヘビー・ボアは自らの体を動かして襲い来るアスクレーターや魔術師達に対抗している。しかし、その動きは確実に鈍くなっていた。

「ネル。以前戦ったとき、ヘビー・ボアは逃げたんだよな? 確か」

「うん。クロガネ君達が地下の洞窟に落ちちゃった後、数十分の戦闘でヘビー・ボアは自分から退散したんだよ」

「今回は逃げない……か。ダメージの蓄積で逃げるだけの体力が残っていないのか、それとも弱っていると見せかけているのか……」

「爬虫類の頭がそこまで賢いわけないじゃない。前者に決まってるわ。そして、そうであるということは、倒すチャンスってことよ!」

 アーネスカの前向きな発言に零児は頷く。

 確かにその通りかもしれない。

 メテオ・ロンドによる2度の大ダメージ。魔術師達による度重なる攻撃。実際動きが鈍り始めているヘビー・ボア。

 零児達人間側からしてみればかなり有利な状況といえる。

「よし! みんな一気に叩くぜ!」

『オウ!』

 零児達は再び足並みそろえてヘビー・ボアへと向かう。

 ヘビー・ボアは多くの魔術師の攻撃を一身に受け、いたるところから血を噴き出している。

 すでに出血多量の状態に陥っているのかもしれない。叩くなら今が絶好のチャンスといえる。

 零児達は各々の攻撃方法でヘビー・ボアへの攻撃を開始した。

「玉石! 光弾! 赤星連弾!」

 零児の右手の平から赤い光弾がいくつも飛んでいく。合計5発。それが全てがヘビー・ボアに着弾すると同時に炎を発生させヘビー・ボアの表皮を焼いていく。

「レイちゃんの新しい魔術ってこれかぁ! よし、ボクも行くよ!」

 火乃木も呪文を唱え始める。そしてその間アーネスカとネレスも攻撃を開始した。

 ネレスは拳からの衝撃波、アーネスカは銃、シャロンは光の錐による攻撃だ。

 零児は火乃木がどんな魔術を使うのか興味があった。なので火乃木の様子を見ながら零児はヘビー・ボアへ攻撃を続ける。

 10秒ほどの時間で火乃木は呪文を唱え終わり新たな魔術を発動させた。

「ブレイジン・ランス!」

 途端、赤く燃える槍が出現し、ヘビー・ボアへ向かって飛んでいった。

 槍はヘビー・ボアの胴に突き刺さる。

 結局炎系の魔術なんだな。と零児は思うが、火乃木らしくていいかとも思った。

『ガァァァァァ……!! ギャアアアアアアアア……!!』

 やがてヘビー・ボアの咆哮も小さくなっていった。

 もはやのた打ち回る元気もないらしく、ヘビー・ボアはその頭を持ち上げることなく徐々にその動きを止めていった。

 さらに攻撃を与え続けること数分。

『シャァァァァァァ……』

 今までと違って一際咆哮が小さい。

 首を持ち上げることすらなくなっていき、その動きはさらに弱々しくなっていった。

 そしてついに、ヘビー・ボアはその動きを止めた。

 沈黙が辺りを包む。その沈黙を破って零児が口を開く。

「倒したのか? アレを……」

 その台詞にはそうであって欲しいという願望が込められていた。

 それは零児だけではない。ここにいるすべての人間が思っていることだった。

 再び静寂が辺りを包む。

 その静寂を、今度はアルゴース王が破った。

『オッホン!! 皆良くやってくれた! あの巨大なるヘビー・ボアを完全なる形で倒すことが出来た。ここから先はルーセリアが誇る魔装騎士団、ジルコン・ナイトが引き受ける。皆のもの! 我はここに宣言する! ヘビー・ボア討伐作戦は大成功であったと!』

 その瞬間歓喜が沸き起こった。

 それは巨大な存在を倒した充実感と達成感。

 それは多くの人間達との団結によって得た勝利、その連帯感。

 それらが1つとなり、巨大な存在を倒したことに対する喜びとなってその場にいた人間達を歓喜させた。

 零児も緊張を解き、ほっとした表情をする。

「やったね! レイちゃん!」

「ああそうだな! 倒したんだ! 俺達人間が、あの巨大な化け蛇を」

 火乃木が表情をほころばせるのにあわせて零児もまた笑顔で返した。

「何が決めてになったのかな?」

 そう問うのはネレスだ。ネレスの表情にも安堵の笑みが浮かんでいる。

「これだけ大人数で戦ったんだ。何が決めてもないと思うぜ」

「それもそっか。これは私達の勝利じゃなくて、この場にいる全員の勝利なんだ」

「そういうことだ」

「胸が……」

 シャロンが何か言いたげに零児を見つめる。

「ん? どうしたシャロン?」

「胸が熱い……。みんなで達成した勝利。みんなで戦って分かち合った思い。顔も名前も知らないけど、ここにいる人たちはみんな……仲間」

 シャロンが珍しく饒舌にしゃべっている。ここまでしゃべるシャロンはとても珍しかった。

「ああ……」

 零児はシャロンの頭に手を乗せて軽く撫でる。

「そうだな。ここにいる人達は確かにみな顔も名前も知らない連中だ。だけど、それでも今この瞬間だけは仲間なんだ」

「うん……」

「さあさああんた達! 宿に戻って祝勝会でもしましょう! 今日は豪勢に食うわよ!」

 アーネスカは上機嫌にそう言った。

「そうだな! 町に戻ってなんか食いに行くか! 腹も減ったことだし!」

「賛成!」

 火乃木が賛同の意を示す。ネレスもシャロンも同じ思いだった。

 2回に分けて行われたヘビー・ボア討伐作戦。その戦いが終了した瞬間だった。

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